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エルザ・アイスグルーバー (Elsa Icegruber)

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ドイツの画家、イラストレーター、絵本作家のエルザ・アイスグルーバー(Elsa Eisgruber, 1887.3.22-1968.12.1)。 ベルリン・シャルロッテンブルクの美術工芸学校(現在のベルリン芸術大学の前身機関のひとつ)で学んだ後、ニュルンベルクとミュンヘンの美術アカデミーでも学びました。 アカデミーで彼女が専攻していたのは彫刻で、絵に関してはほとんど独学だったようです。 イラストや子どもの本を手がけるようになった経緯については詳しいことはわかっていません。が、30代後半には大手出版社であるGerhard Stalling(ゲルハルト・シュターリンク)社で仕事をしており、それなりに成功を収めていたことが窺えます。 1926年、新しく出版社を立ち上げた Herbert Stuffer (ヘルベルト・シュトゥファー, 1892-1966)に引き抜かれて、Gerhard Stallibgから移籍(ただし、その後Gerhard Stallibgからも再び本を出版しています)。 同年、Stuffer社から出版された"Sause Kreisel sause"は、Stuffer社が最初に出版した本でもあり、"Rosmarin und Thymian"(1928年)や"Von Baum und Blume, Kind und Tier"(1953年)などと共にエルザ・アイスグルーバーの代表作のひとつになっています。 "Sause Kreisel sause" 1926年 source

ウィニフレッド・ケイリー・ロビンソン(Winifred Cayley Robinson)

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画家フレデリック・ケイリー・ロビンソン(Frederic Cayley Robinson, 1862-1927)の妻としても知られる、イギリスの挿絵画家ウィニフレッド・ケイリー・ロビンソン(Winifred Cayley Robinson, 1861-1936)。 ロンドン近郊のサリー州で、株の仲買人ジョン・ランバート・ダリー(John Lambert Dalley)と妻メアリー(Mary)の間に生まれた彼女は、両親と弟二人、そして四人の使用人に囲まれて育ちました。 ケンジントンの美術学校で学んでいますが、それが王立美術学校なのか、ケンジントンにある別の美術学校なのか正確にはわかりませんでした。美術を学ぶようになった経緯や卒業後の経歴も不明。その署名で展示されたという“Winifred Dalley”の絵画作品も見つけることができませんでした。 彼女がフレデリック・ケイリー・ロビンソンと結婚したのは1898年の12月。以降、作品の署名も“Winifred Cayley Robinson”になったと考えられますが、現在確認できる作品が二つしかなく、その二つ以外に発表されたものがあるのかも不明です。 確認できる作品のうちの一つ L・V・ホジキン(Lucy Violet Hodgkin)著"Loveday Hambly and Her Guests"の口絵 AbeBooks.co.uk “Winifred Lucy Robinson”、“Mrs. Cayley Robinson”などと呼ばれることもありますが、一般には署名通り“Winifred Cayley Robinson”とされています。 代表作(といっても、ほかに作品はあまり無いわけですが)"The children's book of gardening"が出版されたのは1909年。 家族ぐるみの友人である作家のセシリー・シジウィック(Cecily Sidgwick, 1854-1934)が、エセル・ニーナ・ペイシェンス・ペインター(Mrs. Ethel Nina Patience Paynter, 18?? -1933)と共同で執筆した児童向けの園芸書の挿絵でした。 自分の娘バーバラとエセル・ペインターの娘ベティをモデルに描いたとされる12枚のカラープレートは今で