ドロシー・ヒルトン(Dorothy Hilton)の"オレンジとレモン"


19世紀末から20世紀初頭にかけての美術史に、ほんのチラリと姿を現し消えていったドロシー・ヒルトン(Dorothy Hilton/Dorothy Frances Hilton)。
これは彼女がデザインし、今も商品化されている子ども部屋用の壁紙"Oranges and Lemons, Say the Bells of St. Clements"(1902年)です。
タイトル通り、マザーグースの“オレンジとレモン”を歌いながら遊ぶ子どもたちを題材にしており、元々はウィリアム・モリスなどの高級壁紙を生産していたジェフリー&カンパニー(Jeffrey and Company, 1836~1930年まで営業)で販売されていました。
日本で最初にこの作品にスポットが当たったのは、2018年に開催された『ウィリアム・モリスと英国の壁紙展』辺りでしょうか。その当時に比べて、このイラストを使用した商品の数は増えたと感じますが、その作者については相変わらず、ほとんど何も情報がありません。
確かなのは、バーミンガムを拠点としてアーツ・アンド・クラフツ運動に参加し、少なくとも1910年代前半までは、美術雑誌“The Studio”や展示会のカタログに名前が登場すること。
また、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館のサイトによれば、姉妹のアグネス・ヒルトンもデザイナーでイラストレーターでした。

ドロシー・ヒルトンの作品は、上の“オレンジとレモン”のほかに、ヴィクトリア&アルバート博物館に所蔵されている"May Day"と名付けられた壁紙をネット上で見ることが出来ます。

Dorothy Hilton "May Day" 1904年

姉妹であるアグネスもアーティストであったと書きましたが、20世紀のイギリスとアイルランドのアーティストについてまとめたサイト“Artist Biographies”によれば、ドロシーの生没年が1880-1973年、アグネスの生没年が1878-1942年なので、この情報が正しければアグネスのほうが姉ということになります。
以下、同サイトのみの情報になりますが(情報が極めて少なく、複数の情報を付き合わせて確認することが出来ないため)、わかったことを幾つか。
姉アグネス(Agnes Aubrey Hilton)の出生地はイングランド北西部の都市チェスター(ドロシーについては言及無し)。1897~1899年まで市立のバーミンガム美術学校で学び、1904~1933年にかけて主に宗教をテーマにした本を数冊出版し挿絵を描きました。

アグネスによる "Book For Children about Our Lord Jesus Christ"の挿絵 1905年

一方、同サイトでのドロシーについての記述は、更に簡単なものです。
「動物のエナメルプレートや、動物の中でも特に犬のミニアチュールを描いたアーティスト兼デザイナー」…それだけ。壁紙の画風から受ける印象からすると、これは少し意外な情報でした。
その後、‘ドロシー・フランシス・ヒルトン(1880-1973)’ の作とされるエナメルプレート(Enamel Plaque, 装飾用の小型のプレート)と水彩画の画像を見つけたので参考までにあげておきます。

エナメルプレート 1900年頃

"Feeding the flock" (水彩)

ただ、エナメルプレートと水彩画に関しては出典がオークションサイトであり、美術館などの情報に比べると信用性は落ちるかと思います。
また、かつてのフローレンス・ハリソンの例のように、たまたま同じ時代に同姓同名の人物がいて、混同されているようなことも絶対に無いとは言い切れず、断定的に語るには、まだまだ情報が足りません。
引き続き、新たな情報を待ちたいと思います。



※ドロシー・ヒルトンが壁紙のモチーフにした"オレンジとレモン"。イギリスではポピュラーな歌と遊びであることから、そのシーンは沢山の画家が様々に描いています。そのうちの一部をこちらの記事にまとめたので、お時間があればこちらも御覧ください。

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