“ベルギーのミュシャ” アンリ・プリヴァ=リヴモン
ベルギーの画家、デザイナーで、特にアールヌーヴォースタイルの広告ポスターで知られるアンリ・プリヴァ=リヴモン(Henri Privat-Livemont, 1861-1936)。 本名はアンリ・プリヴァ・アントワーヌ・テオドール・リヴモン(Henri Privat Antoine Théodore Livemont)で、作品のサインは主に “プリヴァ=リヴモン” または、“テオドール”の “T” を加えた “T・プリヴァ=リヴモン” と書かれています。 実は、彼の名前が“アンリ・プリヴァ=リヴモン”と表記されるようになったのは割と最近になってから。1991年のサザビーズのカタログにおいて、そう表記されたのが最初だったようです。その後、Wikipediaで彼の項目にアンリ表記が使われるようになり、ネットを中心にアンリ表記のほうが主流になっていったそう。この辺り、歌川広重と安藤広重みたいなもので(広重自身は絵師として“安藤”を名乗ったことはない)、だとしたらいずれまた表記が変わることもあるかもしれません。 アンリ・プリヴァ=リヴモンが生まれたのは、ブリュッセルの都市スカールベーク(スハールベーク)。 13歳で美術学校に入学したプリヴァ=リヴモンは、ブリュッセルのアカデミーを首席で卒業後、奨学金を得てパリに留学します。 1886年と1887年には、サロンに出展。 1883~1889年までは、パリ市庁舎の改修などを手がけたルメールらのスタジオで学びながら、装飾家としての経験も積みました。パリ市庁舎の改修にはプリヴァ=リヴモンも装飾家として参加しています。 パリで出会い、作品のモデルも務めた女性と1889年の夏に結婚。直後に故郷スカールベークに戻ると、画家、イラストレーター、装飾家として働き始め、1990年には自分のスタジオを設立しました。画家としては“象徴主義”に分類されているプリヴァ=リヴモンですが、この頃は肖像画を描くことも多かったようです。 また、フランスのニュース週刊誌"Le Monde Illustré(ル・モンド・イリュストレ)"などでも特派員という形で仕事をしていました。 ブリュッセルにある «Grande Maison de Blanc» のセラミックパネル(1896~1897年) source 建築家ポール・サントノワ邸のステンドグラ...