フランドルの花輪(“Garland Painting”というジャンル)


 
色とりどりの美しい花に囲まれた聖母子像。
「花輪の聖母子」(1621年)と呼ばれるこの絵は、中央の聖母子を“あの”ルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577-1640)、周囲の花輪をヤン・ブリューゲル(父)(Jan Brueghel de Oude, 1568-1625)が描いています。
英語圏では“Garland Painting”と呼ばれる、このような形の絵画は、17世紀ヨーロッパのフランドル地方(現在のベルギーからフランス北部にかけての地域)を中心に広まりました。

当時、フランドル地方を含むこの地域では、貿易による都市の経済的な繁栄を背景に、教会や王公貴族など一部の人々のためのものであった芸術が市民層にも浸透。それにつれて静物画や風景画のような、より親しみやすい題材が好まれるようになっていました。
特に、スペインからの独立を果たし、カトリックの影響からも離れたオランダでは、プロテスタントの偶像崇拝禁止もあって宗教画は描かれなくなっていきます。優れた画家たちが宗教画以外の絵を描くようになったことで、それまで一段低く見られていた静物画などが芸術として認められるようにもなりました。

一方、スペインの支配下に残ったフランドル地方では、むしろプロテスタント側に対抗するように、盛んに宗教画が描かれ続けます。
「花輪の聖母子」のような花で囲まれた作品群は、そのような時代の中で、静物画と宗教画の融合という形で生まれました。
周囲の花は“お供え”の意味のほかに、時には虚栄への諫めを表すこともあったと言われていますが、実際これらの絵をどう見ても装飾の喜びばかりが感じられ、宗教的な意味はやや後付けの理由にも思えます。うっとりするほどの過剰な装飾!💕

冒頭にあげた絵のように、中央の人物と周囲の花は別の画家が描くことも多く、中でも「花のブリューゲル」と呼ばれるヤン・ブリューゲル(父)は人気でした。
そのことにも、これはジャンルとしては宗教画ではなく、あくまでも花の絵と位置付けられていたことが表れています。
ヤン・ブリューゲル(父)
「花とタッツァの静物画」
Jan Brueghel de Oude, A Still Life of a Tazza with Flowers

ヤン・ブリューゲル(父)とヘンドリック・ファン・バーレン
花輪の聖母子
Jan Brueghel de Oude and Hendrick van Balen(1575-1632), Virgin and Child in a Garland of Flowers
ヤン・ブリューゲル(父)
花輪の聖ヨゼフ 1617年頃
Jan Brueghel de Oude, Flower wreath with St. Joseph. c.1617
ヤン・ブリューゲル(父)
花と果物の輪に囲まれた聖家族 1620~1623年
Jan Brueghel de Oude, Holy family with a garland of flowers and fruits, between 1620 and 1623
ヤン・ブリューゲル(子)とヘンドリック・ファン・バーレン
花輪の聖母子 
Jan Brueghel de Jonge and Hendrick van Balen, Virgin and Child in a Garland of Flowers. 
ヤン・ブリューゲル(子)とヘンドリック・ファン・バーレン
花輪の聖家族と洗礼者聖ヨハネ
Jan Brueghel de Jonge and Hendrick van Balen, Holy family with St.John the Baptist in a flower garland
フランチェスコ・カルデイ(1584-1674)
花輪に囲まれた天使ガブリエル 1636~1663年
Francesco Caldei(1584-1674), Flower garland surrounding the angel Gabriel, between 1636 and 1663
フランチェスコ・カルデイ(1584-1674)
花輪の聖母 1636~1663年
Francesco Caldei(1584-1674) Flower garland surrounding the Virgin, between 1636 and 1663
フランドル地方で生まれた花輪の絵画はイタリアでも好まれたようで、この形式を取り入れた作品が割とよく見られます

アンドリー・ダニエルズとコルネリス・デ・バリューア
花輪に囲まれた聖母の生涯を描いた5つの場面
Andries Daniels(c.1580-1640?) and Cornelis de Baellieur(1607-1671) - Five scenes of the life of the Virgin surrounded by a guarland of flowers
フランス・ファン・エヴァーブルーク
幼子イエスと聖ヨセフを囲む果物の花輪
Frans van Everbroeck(c.1628-between 1676 and 1693) - Garland of fruit surrounding St Joseph with the Child Jesus
このように花の代わりに果物が描かれたものも

ダニエル・セーヘルスとエラスムス・クェリヌス2世
花輪の聖母子
Daniël Seghers (1590-1661) and Erasmus Quellinus II (1607-1678) - Virgin with Child and garland
ヤン・ブリューゲルの弟子ダニエル・セーヘルスも“花輪”を多く描いた画家のひとり
花輪の絵画では、祭壇を花で飾っているように見える、このようなトロンプ・ルイユ(だまし絵)もよく描かれました

ニコラ・ヴァン・ホウブラーケン
聖霊降臨の浮き彫りを描いたトロンプ・ルイユ
Nicola van Houbraken(1663-1723) - Trompe l'oeil with a marble bas relief representing the Pentecost with flowers 
ホウブラーケンはアントワープ生まれのイタリアの画家

ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム
果物の輪の中の聖体(1648年)
Jan Davidsz. de Heem (1606-1684) -  Eucharist in Fruit Wreath, 1648
パンとワインは単なる象徴にすぎない(=“聖体化”の否定)というプロテスタントの主張に対抗して、カトリックでは聖体拝領がますます重要視されるようになり、聖家族同様に神聖なものとして描かれるようになりました

アブラハム・ミグノン
花輪 1675年頃
Abraham Mignon(1640-1679) - Garland of Flowers c.1675
こちらはオランダでも活躍し、植物画を得意としたドイツの画家アブラハム・ミグノンの作品
ミグノンは花輪の絵を幾つも描いています
フランドルに比べると数は少ないですが、オランダでも花輪の絵は描かれていました。

ピエル・フランチェスコ・チッタディーニ
花輪
Pier francesco Cittadini(1616-1681) - Garland of Flowers 
ヤン・フィリップ・ファン・ティーレン
花輪の中のヴィーナスとアドニス
Jan Philip van Thielen(1618-1667) - Venus and Adonis in a floral garland, 1653
カタリナ・イケンス・フロケ
ギターを持つ青いドレスの女性のポートレート 1661~1665年
Catarina Ykens-Floquet(between 1608 and 1618 - after 1666)
A garland of fruit and flowers surrounding a portrait of a lady in a blue dress, holding a guitar. 1661-1665


主に宗教画を花輪で囲むことから始まった、この形式の絵画ですが、17世紀も後半になるにつれ、キリスト教的なもの以外の題材も扱われるようになっていきます。
宗教という縛りがなくなって、より自由に装飾性が追求されるかと思いきや、このあと花輪の絵画というジャンルは廃れていき、いつしか消えていきました。

その時代的・文化的背景を別にしても、花輪の絵画の最大の魅力は、聖なるものと、ともすれば俗なほどに鮮やかな装飾の組み合わせにあったのではないかとも思います。













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